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選挙カーで、名前連呼だけはやめたら [blog]

http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e9%81%b8%e6%8c%99%e3%82%ab%e3%83%bc%e3%82%92%e5%a4%96%e5%9b%bd%e4%ba%ba%e3%81%af%e3%81%a9%e3%81%86%e6%80%9d%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%82%8b%ef%bc%9f-%e5%9c%a8%e6%97%a5%e7%b1%b3%e5%9b%bd%e4%ba%ba%e3%81%ab%e8%81%9e%e3%81%84%e3%81%9f%e3%82%89%e3%82%a2%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%82%ab%e3%81%a7%e3%81%af%e5%88%a5%e3%81%ae%e3%82%8f%e3%81%9a%e3%82%89%e3%82%8f%e3%81%97%e3%81%95%e3%81%8c%e3%81%82%e3%82%8b%e3%82%89%e3%81%97%e3%81%84%e2%80%a6%e2%80%a6/ar-BBW2WcK?ocid=oa-cinqueter014#page=2

選挙の前になると
選挙カーがうるさく走りますよね。

あれって、あなたはどう思います?

街頭で場所を決めて、
政策などの演説をするならまだましだけど、
選挙カーで回って、「名前だけ」しか言わないあれは、
迷惑そのもの。

議員候補たるものは、
自分が何をしたいのか、
有権者に何を訴えたいのか
その辺の必要な事を言わずに
只々「名前だけ」を連呼している場合に
よくお目にかかる。

そうした事をする人に、
期待する方が間違っているとは思うけど
やってるご本人には自覚はないのだろうか?

注目に値すれば、有権者はその人の名前を覚えようとするが
そうでなければ、記憶にも残らない。

自己アピールのやり方を改めたらどうだろうか?




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人見知りをする文化 [blog]

In my opinion, we have a culture of [hitomishiri o suru].
It is a culture [not to speak to strangers].

It is not because the person is timid or shy, but it’s a culture to refuse to speak to others
by the strong will of the person.

Myself has its inclination. I do not speak to others with ease.
I have a strong thought accompanied with strong will never to speak to others
I do not feel necessary to talk to.

I checked if its equivalent expression is available or not among English,
but I have not found what is exactly the same to this [hitomishiri o suru] so far.

[shy] is not the same.
[timid] is also different.
[bashful] is not what I look for.
[coy] also differs.

But, I wonder if it could be similar to French [farouche] or [sauvage] ?
And I wonder it will be telling the difference among cultures.

Formerly I had a wrong impression as the image on French people which I had
perhaps through information on publications or press media. I had time
I used to imagine as if French people were hard to approach.
But I found one day that it was just a complete misunderstanding.

I found that many French people were actually very friendly and kind to me.
I recognized it through my experience while I had a trip to France.

They look to be very proud of their mother tongue French.
And to those who try to speak their French language, they are really friendly.
It is my impression I had while my stay in France.
They do not expect to foreigners for the perfection of their language.
It would be in their head natural that foreigners cannot speak perfect French.
But the attitude to try to speak it will be welcomed by them as it will highly
evaluate their culture.

It’s just okay even if being not so good at French.
By approaching to them in their own language,
I felt I was welcomed by lots of people at hotels, restaurants,
on the streets and even at stations and on the trains of subways
and the other trains etc.

One of the noticeable experience was that I was dare asked at the reception
of a hotel if I wanted to talk with him in French or English.
I have a clear remembrance that he was speaking to me with good face
full of smile to this man (me) from an eastern country.

Coming back to the subject of this memo, recently I attend a French party which is
regularly held once a month in Osaka looking for chances to try to speak French.
I am actively trying to join other parties or gatherings as well where foreigners
get together just to speak English too. It is just because I want to make my skill
of languages better even little by little by using it where chance is available.

If you join such gatherings, you will have opportunities to speak to others
without any hesitation – because it provides the social atmosphere of
getting connected by casual chatting among strangers each other.
What is good is that you can approach to people with a calm and relaxed manner.
Under such circumstances, I can change my basic policy not to speak to strangers
and I will have chances to listen to stories I have not yet known.

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知らない人同士が気楽に話す文化 [異文化交流]

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43525220Z00C19A4KNTP00/?n_cid=NMAIL007

日本人の中には「人見知り」する文化があると、私は思う。
「知らない人とは、口を利かない」という文化で、
それは、その人が「内気」だからではなく、
「積極的に」口を利く事を「拒否する」文化だ。

私にはその傾向がとても強い。
容易に他人とは口を利かない。
必要性がない相手とは、「一切」話したくないという思いがある。

それに相当する言葉が英語にあるのかなと思い
辞書で調べてみても「出て来ない」みたい。

「shy」では意味が違う。
「timid」でもない
「bashful」も当たらない。
「coy」でもない。

所が、フランス語で調べていると
「farouche」だとか「sauvage」だとか
「人見知りする」に合致しそうな言葉がある。

これはやはり、双方の文化の違いなのかなと想像する。

私には今ではもう既にないイメージだが、
フランスで実体験をする以前は、
フランス人は「とっつきにくい」人々だろうという「思い込み」のイメージがあった。
所が、現実は、そのイメージが全く間違っていた事を身を持って認識させられた。

なんと、フランス人には、とても「友好的」な人々が「多い」。
「少なくない」ではなく「多い」と表現する方が、当たっている。

私の発見は、
彼らは彼らの誇りに思うフランス語で話しかけてくる外国人には
とてもフレンドリーで親切なんだ!
彼らにとって、外国人が「完璧な」フランス語で話す事を期待していない。
片言でも、拙劣でも、朴訥でも、「フランス語で」話そうとする態度を見せるだけで、
驚く程親切に接してくれるという経験を、何度も体験した。

本題に戻って、最近はフランス語で話す機会を求めて、
月に一度のフランス・パーティーになるべく参加する様になった。
それ以外にも、フランス人と話す機会がある集まりには
積極的に参加している。
一度覚えたフランス語を使わない事によって、風化させたくないためだ。

外国人の集まるそんな集まりに参加すると、
多種多様の国の方々と「気軽に」話す機会が得られる。
そんな集まりでは、「自然体で」無理なく話せる雰囲気がある。

そういう所に通いなれると、この記事の筆者の問題は氷解すると思う。

昨夜は、ドイツ人、米国人、フランス人、スペイン人、ペルー人、
ベネズエラ人、サウジアラビア人、香港人
並びに語学に興味のある日本人とおしゃべりが出来た。
気が付くと時間は3時間経過していた。

もう一つの発見は、日本に来ている外国人の中には
概して「日本語」を勉強していて、
「話せる」人の数が多くなったこと。
変わりつつありますね~、世の中が。







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今朝は思わず友達にメールを書いてしまいました [blog]

友達へのメール:

昨夜のブラックホールのTV放送は、ご覧になりましたでしょうか?
私は残念ながら失念しましたが、今朝NEWSでその画像を見ました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43588130Q9A410C1MM8000/?n_cid=BMSR2P001_201904102209

まあ~随分と派手な研究ですね~!

「世界の8つの電波望遠鏡を連動させ、極めて解像度の高い巨大望遠鏡に見立てて観測した。」
なんて技は、私には想像もつかないことでした。

「地球サイズの巨大望遠鏡を仮想的に実現」し

なんと何と
<解像度を宇宙深部の観測などに用いられるハッブル宇宙望遠鏡の約2千倍に高め、
月面にあるゴルフボールを観察できるほどの「視力」で撮影を試みた。>とは、
驚きの領域を遥かに超えている !!!

「宇宙には無数の星の集まりである銀河が少なくとも数千億ある」とか、
「地球から5500万光年離れたおとめ座のM87銀河にある巨大ブラックホールを2017年に撮影した」だとか、
「撮影したブラックホールの質量は太陽の約65億倍」なんてのは、
もう私の貧相な頭の性能ではついて行けない。 

ただイメージの世界で「すごい」という強烈な印象を受けました。

そんなとてつもない世界と比べると、我々人間の世界はとても「ちっぽけ」に見えます。

我々の日々のトラブルや苦労なんてのは、あまりにも些末な事の様ですね。

筆者の名前

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見る目が違うと、どう見えるのか!? [blog]

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO37581300Z01C18A1000000?channel=DF260120166528&nra

人間は物を見る時、「自分の目」でものを見ている。

自分の目にどう映るのかが重要で、
人によっては、「他人の目」も気になるのかも知れないが、
人間以外の「他の生物の目」でものを見る事など
まったく念頭にはない。

だから、この記事を読んだ時、
多分あり得る「見え方の多様性」に気付かされた。

少なくとも私には、この記事が「新鮮」に映った。




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スゴイ! 凄い!! 素晴らしい!!! [blog]

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43588130Q9A410C1MM8000/?n_cid=BMSR2P001_201904102209

人類って言うのは、スゴイ事を成し遂げるのですね!!!

おやりになった結果の凄さが、どれ程すごいのか、
素人の私には分かりませんが、
地球がひっくり返りそうな凄さなんだろうと思います。

関係者の皆様、まずは、その御成功に対して
拍手喝采と共に、お喜び申し上げます。


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日本の「格差社会」の現実 [blog]

http://www.msn.com/ja-jp/news/heisei/%e3%80%8c%e6%a0%bc%e5%b7%ae%e3%80%8d%e3%81%ae%e8%a6%96%e7%82%b9%e3%81%a7%e5%b9%b3%e6%88%90%e3%82%92%e6%8c%af%e3%82%8a%e8%bf%94%e3%82%8b-%e8%bb%a2%e6%8f%9b%e7%82%b9%e3%81%af%e3%81%a9%e3%81%93%e3%81%a0%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%81%ae%e3%81%8b/ar-BBVKJIb?ocid=oa-cinqueter014#page=2

この「平成」の時代、
社会には非正規労働者の数が、著しく増えた。

いくら頑張ってフルタイムで働いても、
年収が額面で200万円前後という厳しい現実。

そんな額の収入では、対象者の年齢や家族構成によるけれど、
「生活保護でもらえる金額よりも少ない収入」となる様だから、
あくせく働かずに、生活保護を受ける方がいいという事になる。

積極的に「働きたい」という労働意欲の強い人でない限り
労働意欲は阻害されても不思議ではない。

現実は、持ち家や貯金などがあれば、生活保護の対象にならないから、
そうした少ない収入でも仕方なく働いているのだろう。

国民総中流時代と言われていた昔が懐かしく思われる。
池田勇人の「国民所得倍増計画」なるものの再来が切望されるが
とりわけ「所得格差の是正」が望まれる。

多くの国民の所得をかさ上げできれば、
可処分所得が増える訳だから、個人消費も増えるので
経済全体が好転する事になる。

其の為には、国としては、何をすべきか、
国益全体の観点から、政治をして貰いたい。

「経済の発展」は「国防」と同じ位、最重要政治課題。
国会では、真面に今必要とされるそうした重要政治課題を議論する場だから、
つまらぬ事に時間を浪費せぬよう、税金の無駄使いは戒めて貰いたい。

政治家の「建設的使命」を理解せず、反対の為の反対だけしか出来ない
ピント外れで不毛な頭の持ち主は、早く消えて欲しいと思う。
いまだ「平和憲法」などとうそぶいている党など、
現実を直視出来ない妄想に取りつかれた亡者でしかない。





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日本から見た北方領土、竹島&尖閣 [blog]

日本から見たら、
「北方領土」は、ロシアから返してもらうべきもの。
「竹島」は、韓国に不当に占拠されているもの。
「尖閣」は、いま正に中国に呑み込まれそうになっているもの。 

それらの事例は、
1972年(昭和47年)5月15日に米国から返還された、
沖縄の事例とは全く異質なもの。

沖縄返還のみが超特殊な例外で、
他の諸々の事例が物語るように、
一般には世界の国々にとって、
自国の国益追求のみが重要で、
国際法違反であろうがなかろうが、
一旦力ずくでもぎ取った果実を、
元の国に返還することなどあり得ない。

日本は北方領土は返してもらうべきものと勝手に解釈しているが、
そして長年に渡って返還交渉を重ねてきているが、
その不毛な交渉が何ら進展しないのは、
ロシアには返す意思などまったくないからだと思われる。

北方領土の返還交渉は、1956年に日ソ共同宣言が署名され、
国交再開後、一貫して行われている。 もう今年で63年目にもなる。 
なのに、一向に進まないのは、
ロシアには返還する気が全くないからとしか他に説明がつかない。

客観的史実に基ずき、
北方領土が日本に属する正当性を主張しても、
それでもがんとして、ロシアに拒否されている。 

そして、終戦「後」に不法に日本に侵略して奪い取った不法性を
合法的なものとして認めよという観点から話を進めようとするロシア。 
話に折り合いが付く筈がない。

ロシアの希望する平和条約でさえ、
早期締結に否定的な見解をラブロフ外相が示している。

日本に関心があるのは「領土問題のみ」だと同氏は言うが、
その反対に、ロシアが関心を示しているのは、
日本による「経済協力のみ」の様に見える。


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海外から見て、日本に興味が湧く背景 [blog]

時代を半世紀程振り返ると、昔は、
欧米人に人気のある日本食の代表と言えば
「天ぷら」や「寿司」だった記憶がある。

当時は、日本に関心を示す人々は、
日本と関わりのある数少ない一部の人々だったと思う。

所が近年は、毎年日本を訪れる観光客の数が急激に増え、
日本に興味を示す人々の層が、格段にその広がりを見せてきている。

勿論今日でも「寿司」を好む外国人は多い。 
おいしくて健康的な「寿司」は日本を代表するメニューだ。
日本食を食する事自体が、日本を旅する主要目的の一つだと公言する外国女性もいる。 

昔と違い、最近よく耳にする好きな日本食と言えば「お好み焼き」だったりする。 

私の友人も3か月間の東京在住時、その「お好み焼き」にはまった様子で、
帰国後も自分で作って食べている様子。
それを話題に取り上げ、写真を送ってくれたりする。

また、昔は「生の魚」は、どちらかと言えば
欧米人には、あまり人気がなかった印象がある。

でも今では、「刺身」を喜んで食べる人も少なくない様な印象を受ける。 
私の友人も大いに好きだと肯定して言う。 

何十年もの間に、日本の食文化も広く認識され
ファンが増えているのは、眺めていて悪い感じはしない。 

食文化を始め、日本の清潔さや安全性や伝統そのもの等、
日本の魅力によって、日本に魅せられる外国人の数を増やし、
延いては日本語を勉強する諸外国の若者の数を増やしている。

日本に来ている外国人の若者たちに質問する機会が多々あるので、
来日した目的やその理由などを聞くと、短期の旅行者はさておき、
日本に滞在している若者の多くが、
日本語学習にいそしんでいるという事実にぶつかる。 

ラーメンが好きだという声もよく聞く。

日本の何でもないそうしたメニューに興味を持たれる事に
隔世の感を禁じ得ない。



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人生の誤作動 [blog]


ボーイングの「737MAX8」が誤作動を起こした。
墜落事故の原因が制御システムの誤作動だったとのこと。
機体の失速を防止するための「MCAS」と呼ぶ自動制御システムが
作動したことが確認されているとの事。

なんてことはない。 人間が作った自動制御システムだから、
誤作動などは織り込み済みでなければならないし、
誤作動した場合の対策も完璧に容易に機能するものでなければならない。 

所が、パイロットが制御出来ないものだった。 

その結果、墜落事故につながった。
乗務員を始め、すべての乗客にとっては、
取り返しのつかない最悪の不運だったとしか言いようがない。

こうした誤作動は、航空機の自動制御システムだけに特有なものではない。
我々の人生にも、思わぬ誤作動が発生し得る。 

自分の思う様にならない事が誤作動と呼ばれるなら、
人生は日々誤作動だらけ。
誤作動の連続と呼ぶ方が当たっている。 

思う様になる事など、あってもめったにない。
大抵は思う様にはならないものだろう。

誤作動するから、人間的などだ。 
常に完璧で失敗のない世界など、神の領域。

その領域には決して踏み込めないから、
人生は味わい深いものになる。 

失敗は大いに歓迎。

失敗するから、そこから学ぶ事によって成長できる。 
失敗を敬遠する人には、あまり成長は望めない。 

それは、失敗を恐れる為に、小さな冒険にも尻込みし、
成功の果実があまり望めない。 

大きな致命的な失敗は極力避けたいものだが、
傷の浅い小さな失敗は、むしろする方がいい。 

実際に自分が身を持って体験した事は、
事の本質を学ぶことが出来るので、大いに勉強になる。 

体験を伴わない学習では、
事の本質を身を持って学ぶ事は期待薄になる。 
頭では理解できたつもりが、本当の所は何も分かっていない事は稀ではない。



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