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いい友達は、刺激を与えてくれる [異文化交流をする訳]

人は皆、元来それぞれに、お互い違うもの。 
だから、友達が一人増えるという事は、
自分の多様性が一つ増える、ということになる。 
従来からの友達にない、何か新しいもの、新しい要素を、
その新しい友達の中に発見できるはずだ。 
その友達を通して、新たな分野へ、
新たな関心を持つという事は、別に特別なことでも何でもない。 
むしろ、それが必然の帰結。 
相手が、自分の友達になってもらえる相手なら、
その相手の話なら、誰しも耳を傾けるだろう。 
だから、それまでには知らない未体験ゾーンに、
案内してもらえるかも知れない。 
友達になれる相手が好むことの中には、
自分の好みにも合う、
楽しみや趣味のようなものを、持っているかもしれない。 
大抵は、一つくらいは、そんな要素を持っているもの。 
だから、無意識に、新しく友達になれるもの。 
勿論、出会いの瞬間から、
お互いに何か共通するものを持っているのが普通。 
その基本的前提の上に、自分に取っては、
未体験のものが追加されるという事になる。

また、その友達と付き合いたいと思うならば、
誘われれば、そんなに強く興味をそそられないようなことでも、
付き合いで一緒に楽しむ、ということは起こり得る。 
それまでは、あまり興味を持てなかったことでも、
ちょっと試みにやってみると、意外に面白いなと、
新たな発見をする場合だって起こり得る。 
それまでは、食わず嫌いで、やらなかったことが、
新鮮な輝きを放つ場合もあり得る。 
だから、自分にふさわしい友達は、
むしろ積極的に開拓したいもの。 
人の話をあまり聞かない男は多い。 
でも、自分の友達が言う事ならば、
頭ごなしには無視しないであろう。 
偏狭な視野しか持たない、近視眼的な男でも、
その友達によっては、少しは視野が広がるかもしれない。 
いい友達は、そのように、無意識の内に、いい刺激を与えてくれる。

特に若い内は、できるだけ多くの人と会い、
話す機会を多く持つことが重要。 
出会いの数を多くこなせば、
より多くの比較をすることによって、
何がどう違うのか、どの辺りが平均的なのか、
段々識別することができるようになる、 
比較するものは、多ければ多いほど良い。 
また、その比較は異種分野でもやるほうがいい。 
自分の属する社会では当たり前だと思われることが、
そのままの評価や価値観で、他の社会でも同様に通用するものか否か。
そういう比較も、実際の経験を伴ってやってみたい。 
何処でも普遍的に通用することもあれば、
それぞれに、ことごとく異なることも少なくないのを発見する機会があるだろう。 
それ程、世の中は、現実に多種多様なのだ。 
異文化との交流は、お互いに、お互いの違いを理解しあい、
そうしたお互いの違いを乗り越えて、
仲良く付き合える場合に得るものがある。 
しかし、相手を認めることもなく、
相手を尊重することもなければ、付き合いはできない。 
これは、普遍的な事実のようだ。

人に好かれる為には、自分が健康でないと。
その為の一つの要素として、シェイプ・アップも必要かな。
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