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日本人の特徴 (4) [日本人論]

日本の感覚や物差しが世界で通用すると錯覚している

日本のガラパゴス化とはよく言われる上手い表現だ。

「ガラケー」などと訳の分からない言葉の母体の様だが、
その言葉の発生も「ガラパゴス化」を端的に表している。

日本の電気製品や電子機器には、
ずいぶんいろんな多機能が付加されて場合が少なくない。
前記の「ガラケー」でも「かんたん携帯」と呼ばれる
使いやすいとされる携帯でさえも、実に多くの機能が付いている。

それだけ日本人は製品に多機能を付与して、
他との差別化を図ろうとしているのかどうか知らないが、
使う事もない不要な機能が付いていても使用者は嬉しくない。

むしろ機能を限定して
使いやすさの向上と
コスト削減を図る事に意義があると
私個人には思えるが、
何故かやたらと余分なものが多い。

設計してお作りになる方は、
そうした多機能が喜ばれるだろうと想像するのか
使い手の気持ちが分かっていない。 

いわば「独善的」で「一人よがり」。
過剰品質以外の何ものでもない。

勿論複合機能が必ず拒絶の対象になるとは限らない。

日本製の品質の良さは、世界で認められている。 
一般論では、その理屈に間違いはない。

だからと言っても、世界中で使われている製品が
必ずしも日本製という訳でもない。

ハードの分野でもそうであるように、
ソフトの分野でも
日本の感覚や価値観が世界で通用するとは限らない。

人それぞれの顔形が異なるように、判断基準はさまざま。
日本の価値観が受け入れられる場合もあれば、拒絶される場合もある。

そうしたお互いの差異を認識した上で、
複眼で物事を見つめる姿勢が望まれる。

確かな事は、日本の感覚や価値観は普遍的ではない。










日本人の特徴 5 [日本人論]

「話せば分かる」と思っている

日本人の感覚でものを言えば、
話せばお互いが分かるものだという感覚でいる。

確かに日本人の間では、誠実に話せば、
お互いの認識が深まる事が多いのかも知れない。

でも、相手が日本人でない場合、話が通じるとは限らない。

それは単に言語の違いだけの問題ではない。 

言語の差異を超える何か ― それが宗教の違いだったり、宗派の違いだったり。
はたまた、それ以外の精神的な文化の違いだったり、人種的民族的な差異だったり、
社会構造や住む世界の違いで、なかなか理解が及ばない場合がある。

とりわけ宗教がらみの違いは、おいそれと克服しがたい。
日本は八百万の神々のいる国とよく言われる。 
誰がその神様の数を数えたのか、
本当にそんなに多くの神々が存在するのか知らない。

私のイメージとしては、それだけ多くの神々が共存している訳だから
神様同士がお互いに喧嘩している場合ではないだろう。
所が他の世界はどうだろう。

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教 - これらはすべて、他の宗教を受け入れない一神教。
一番歴史の古いのがユダヤ教で、紀元前2,000年頃からあり、
そのユダヤ教からキリスト教が出てきて紀元1年。
イスラム教はそのキリスト教からずっと後のAD 700年頃とのこと。
http://ozawa-katsuhiko.com/15seiyo/seiyo_text/seiyo07.html

宗教の違いが、民族の違いや文化の違いとも相まって、
更に、それぞれに異なるその歴史的背景も手伝って
お互いにお互いを受け入れられずにいる。

そんな事情の下では、「話せば分かる」などあり得ない。

何もそんな遠い国々の話を出さなくても、
我が国の周辺国を見ても、
「話の分かる国」があったとしてもその陰は薄く、
何かと言えば「反日」や「抗日」を叫ぶ
精神的に未熟な国々の事ばかりが目につく。

「恨」の国「韓国」は国を挙げて嘘つきだ。
その昔、日本が韓国を併合していた時代に生きた韓国人は
日本が韓国の発展にどれだけ貢献したか知っていた様だが、
現在に生きる韓国人は、国から韓国流に洗脳され、
過去の事実については完全に無知の模様。

だから、日本人吉田清治発の朝日がプロモーターだった
単なる作り話である「慰安婦問題」でも
あれだけ堂々とおっぴらげに無知を晒して騒げるのだ。
まあ、愚かな日本の政治家も根拠なくそれに加担したけど。

戦後の日本でもあったマッカーサー指揮下のWGIPと類似。
GHQの政策で日本人は完全に洗脳されてしまったのと
どこか妙に符号一致する。

日本の本当の歴史を知らない日本人が現代の日本人の中に
多くいるように、現代の韓国人の多くは有り得ないウソを信じている。

だから、いわれなき偏見に毒された彼らといくら誠実に話しても、
先方は聞く耳を持たない。 
事実がどうだったのか自力で検証できない彼らだから
話し合いで事が解決する相手ではないのは火を見るより明らか。

中華人民共和国も然り。 
選挙を経ない一党独裁の共産主義「民治」国家では
人権などは全くない。 漢民族を主とする多民族国家で
人口があまりにも多く、問題が山積み故に国家運営も大変みたいで
中国にとって不都合な情報を摘み取り握り潰す為に
その情報操作に膨大な軍事支出をも超える多額の金銭と
大量の情報処理スタッフを抱えていると聞く。
そんな状態が永遠に続く訳がない。
その内破たんするのは間違いない。

一部の共産党員など、権威を傘にきて私腹を肥やして
金持ちになった連中とは正反対に
多くの労働者や農村の民は貧困で、
不満が爆発して暴動などに至る事は日常茶飯事の様子。

理不尽に抑圧されているウイグル人などはその例で
時々NEWSとして伝わって来る。

中国人は元来自分らの国である中国という国を信用していないと言われる・
自分の周りの身内等のごく親しい人しか信用しない中国人は、
中国人同士でも上手く行かなく、喧嘩はショッチュウ。
そんな身勝手な中国人と仲良くできる訳がなく、
「話しても通じない」相手である事が良くわかる。

実情を知らず、自分らの狭い世界での一般の感覚で物事を考えるから
「話せば分かる」なんて間違いをする。 世界の現実を知らなさ過ぎる。















日本人の特徴(2) [日本人論]

危機管理意識が乏しい。

都会でこそ玄関にカギをかけて戸締りをする日本人だが、
ちょっと地理的に離れると、戸締りをしないお宅もまれではない。 

それが都市部の近郊でも昔からの人々が多く住む
田舎風の様な地域でそんな傾向がある。

何故かと言うと、住民はお互いにお互いをそれなりに知っていて、
犯罪を助長するような環境にはないからだろう。 

それほど、治安が良くて、他人の家に押し入って
金品を盗む泥棒が多くないからなのだろうと思う。

但し、近郊でも新興地では、
特にそれなりにリッチと思われる住宅街では、
軒並に泥棒が入るという場合もある様だ。 

我が家が長年泥棒に狙われなかったのは、
我が家がご近所と比べて、それなりに見劣りしていた為かも知れない。

物事は、他の事例と比較してみるとよく分かる。

もう何十年も前の昔の事。 
Hong Kongに行った時に、友達からの依頼で、
彼の友達で現地在住の人に会いに行くことを頼まれた事があった。 

その時訪れたお宅は、玄関の扉の外に
鉄格子のような別の扉で二重に保護されていた。 

それだけ、当時の現地の治安事情は治安が悪かったのだろう。

出てきた人は内側の扉だけを開けて
外側の扉は閉めたままで私に対応された事が、
当時の私には強烈な印象だったので、未だに覚えている。 

でも、その後、類似の例は
Bangkokの街中でもいくらでも見たことがある。 
現地の治安事情に応じて、扉がそうして二重になっていたのだろう。 

そうした事は、日本では、何も戸締りだけではない。

世界的に見て、日本は多分
世界で一番治安のよい国なのだろう。 

だから、アメリカ等と違って、一般の日本国民は
自分で保身用の銃など保持していない。 
銃が無くても、夜間に女性が一人歩きをしても、
犯罪に遭う確率はかなり低い。 

場所にも寄るかも知れないが、
犯罪の多いアメリカの都会や、
強姦の多いと言われる韓国などでは、あり得無い。 

日本人は「平和ボケ」しているとよく言われる。 

普段から、犯罪のリスクがかなり低いものだから、
危機管理意識も育たないのは無理もない。

先の大戦後、日本は他国との戦争もなく、
平和裏に暮らしてきた。 有難いことだ。 

中東の地域では、宗教の違いや宗派の違いや
歴史的経緯などから、常に身の危険を感じながら、
その日その日の生活を余儀なくされているように見える。 

常に中国の船や航空機などによる
領海領空侵犯の危機に見舞われている尖閣での今の事情は
ちょっと例外かも知れないが、
日本では、そうした日々の他国による越境行為は、他ではほぼない為、
自国の国防を真剣に考える一般国民は少ないと思われる。

冷静に考えてみれば分かる事だが、
日本人は仮に他国から攻撃を受ければ、
日米安保の下、アメリカが自動的に
日本防御に汗をかいてくれるものと信じているような印象を受ける。

例え尖閣が日本防衛の為の対象になると明言されても、
アメリカだけで対応してもらい、
日本は一切手を出さないなんて事は、
前提として有り得ない。 

日本は日本がやるべきことをやって、
足らない部分をアメリカに補完してもらうべきなのに、
現実には日本は「何の対応もできない状態」で自縄自縛状態。 
現状では、日本は専守防衛。

つまり、国を守ろうとしても
「やられた後からの攻撃では、間に合わない」。 

仮にミサイルが北朝鮮から日本に向けて発射されたら、
数分以内に日本の国土に到着するスピード時代だ。 
本気で我が国を守ろうとしたら、
先制攻撃も可能に出来る能力を維持する必要があるが、
愚かな事だが、日本国憲法がそれを阻止する。

日本国民は「憲法改正」もしない状態で、
どうして国防が出来ると言うのだ。

認識不足も無責任も甚だしい。 
危機感の欠片もない状態ではないかと、言わざるを得ない。

根本的な冷静な思考の欠如が、
偏見に満ちた根拠のない理屈で侵されていると言わざるを得ない。
それを未だ現実を直視しない「夢見心地」と言う。

危機を危機とも思わない、覚醒無き夢遊病者の如きだ。
でも「平和ボケ」のご当人にはその自覚はない。
覚醒しなくては!













日本人の特徴 (1) [日本人論]

文化や環境等の違いに基ずく多様性を前提とした思考をしない。

日本は元来、地理的に島国で、ほぼ単一民族で構成されていて、
言語も基本的に日本語のみという、極めて閉鎖的な
金太郎アメの様な均一的社会で、
他民族や異国文化と日々葛藤するという事がきわめて少ない。

最近でこそ主としてアジアからの短期の旅行者が激増しつつあり、
人の流れの様子に少しは変化が見られるとは言え、
そうした訪問者と接触がある訳でもなく、
ましてや直接お付き合いがある訳でもないので、
経済的な部分以外の基本的な部分で大きな変化や影響はない。

異人種同士が共に居住者として同じ空間に同居する他国と比較すると、
我が国では、まだまだ文化の純粋培養的要素は強い。

海外から訪日する外国人で日本語を流暢に操れる人は
その絶対数で言えば例外的だから、
一般論として(諸外国と比べると)外国語に不得手な日本人が
外国人と日常的に関わりを持つという事は例外的にあっても
とても少ないので、文化的な接触の広がりは殆どない。

だから、日本人の頭で考えられる事は、
国内の同胞の間で通じる思考が前提であり、
異なる文化や異なる価値観の存在を前提としない認識となる。 

そうした純粋空間では、
現実に異質な文化や言動に直接触れる事が無い為、
複眼的な物の見方に不慣れだ。

だから、自分の頭の中の思考は、日本人独特のものになりがち。

閉ざされた日本社会の中で、
一般の日本人が是とする価値基準が
その行動基準なり判断基準になる。 

例えばその一つとして、「誠意は伝わる」という事が前提となる。

確かに、例えばビジネスをする相手で、
永年のお付き合いのある相手などは、
お互いに付き合える前提がある相互信頼に基ずく関係だから、
日本人の「誠意は伝わる」場合がほとんどだろう。 

しかし、そんな良好な関係がすべての人々とは築けない。

個人レベルで言えば、必ずしもそうではなく、例外もあるけれど、
日本はお隣の中華人民共和国や大韓民国とは、
どうもあちらの理由で上手く行かない事例が多い。 

「反日」という言葉がすべてを表しているかのようで、
日本を毛嫌いしているようだが、
これらの二国は超例外で、
その他の国に、反日的な国は見当たらないみたいだ。

同じ種類の中国人であっても
中華民国(台湾)の日本に対する評価はかなり高く、
親日的な人が多い模様。 

情報では、日系移民の歴史のあるブラジルでも、
日本の評価は高い様だし、
ポーランドでもトルコでも親日家は多いとの話を聞く。

「青い海に、黄色の満月」という「月の丸」を
国旗とする国パラオも親日国と言われる。

日本の「日の丸」に似た「月の丸」。 
パラオは幾多の外国による支配を受けてきたが、
現代のパラオ人は、日本の統治時代が
一番良かったと言っている様子。

日本が世界で友好的に受け入れられて来たのには、
それなりの理由がある。

パリ講和会議の国際連盟委員会で
人種差別撤廃を主張した日本は、
アメリカの当時のウイルソン大統領によって潰されたとは言うものの、
国際会議において人種差別撤廃を明確に主張した国は
日本が世界で最初である。

歴史上、アジアの国々は白人国家の植民地だった。 
彼らによる搾取は当たり前の様になされてきたが、
その白人支配に終止符を打ち、
アジアの国々に独立への希望を与えたという日本の貢献は計り知れない。

その後の各国の発展の為に、
資金の提供や技術の提供を行い、手広く国際貢献をしている。
それと日本製を代弁するmade in Japan
高い品質レベルは日本の良きイメージ作りに寄与している。

東日本大震災の時に、世界の人々が驚いた事がある。 
それはあれ程の大災難に見舞われても
日本人は他人のものを略奪することなく、
忍び難い災難の中にあっても、
毅然と秩序を維持した姿が広く世界に伝わり、
民度の高さが知られ、尊敬される民族という事になった。

私のような名もなき一般の無名人であっても、
海外の取引先からその点に触れられて言及された位だから、
世界標準と比べると、日本人は世界で高く評価されているのだろう。

日本人はもっと自信を持っていいと思うが、
元来謙虚さの塊みたいなもので、
そういう習慣がない為か、自画自賛する思い上がった人が少ない。

将来に渡って日本が世界の発展と平和に貢献する為には、
若い世代の人々に世界の多様性を肌で学んで欲しいと思う。 
知っていると知らないとでは雲泥の差がある。 
世界をより多く知る事によって、アイデアは生まれる。

日本人の出自にまつわるお話 [日本人論]

http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/032kodai.htm

この「古代日本とイスラエル10部族の謎」という読み物、
「日本人がどこから来たのか」、
自分の出自に関心の強い私には、
とても面白い!

その中身は、以前からいろんな記事や書物で
既に読んだことのある内容とほぼ一緒なので、
いわば単なるdeja-vuなのだが、
繰り返し読んでも、とても興味を引かれる!

特に何故に日本人と古代のイスラエルとの間に
それ程多くの符号一致する事があるのか
不思議でならない。

確かに日本人は雑種人種の一種類なのだろうが、
ひょっとしたら、失われた古代のユダヤ人の一部が
日本に来ていても不思議ではない状況証拠が多過ぎる。

不思議な類似点が多過ぎるので、
何らかの関係はあったのだろうと想像できるが
全体の中の一部であろうから、同祖論はちょっと違うのだろう。

京都の街を作ったと言われる「弓月」の民「秦氏」の話は
現在でも日本に「秦」という名前の人々が多くおられるので
もっと身近で現実味のあるお話。

自分の祖先がどこから来てどうなったのか、
日本の一部を形成したであろう渡来人の話には
興味が尽きない!














傍観者が主流の日本人 [日本人論]

良きにつけ悪しきにつけ、一般の日本人は、
何か事が起これば、その事の推移を見守り、
その事柄に注目する事はあっても、
その事柄に直接関与しようとしない、と言うか、
傍観者の立場から出ようとしない人が多い様な気がする。

その傾向に好対照的なのが、一般の韓国人だと思う。 
その節newsにもなったが、大統領弾劾を目指す彼ら一般大衆が
多人数でデモを行った様な、そんな熱狂的な実行力は日本人には乏しい。

あくまでも自分は傍観者で、
自分から積極的に行動に移すという事はまずない。 
自分個人に直接多大な悪影響でも与えない限り、
「何事も他人事」なのである。

ましてや問題が「政治」や「外交」などの国レベルの問題となれば、
評論家やメディア等の関係者以外が直接ものを言う事など見た事がない。 
マスコミの番組の中で「一般の意見募集」に対して、
短いコメントを送る程度位の例しか知らない。

物事の「本質」を理解した上で、
「自分で考える」という事が習慣化されているのかどうか、とても疑わしい。 
普段から関心を持ち勉強をしていないと、
自分の手持ちの「判断材料」に事欠くだろう事は容易に想像がつく。 

自分独自の意見を持たない人々は、
その判断基準が乏しいが故に、
マスコミ等の報道や意見に影響される事があるのだろう。 

マスコミの報道などは、「参考に」聞くことはあっても、
果たして「ホントの所はどうなのか」
よく吟味もせずに盲信してしまうと、おかしな事にもなり兼ねない。 

そうした悪影響の典型的な例が、
例の朝日新聞による間違った「慰安婦捏造報道」だろう。 

誰が見ても、あれは国を貶める「国賊」ものだ。 
マスコミの報道を信用する事による、迷惑な弊害は自分にも跳ね返って来る。

政治のレベルでも、罪造りな事例が少なくない。 
上記の「慰安婦問題」がらみでは、
当時の官房長官の「河野談話」も我が国の国民を愚ろうした、
無責任による弊害そのものだろう。 

事実の裏を取る作業もする事なく、安易に政治判断で、
「なかった事を、あたかもあったかの如く捏造」してしまった罪は大きい。 

然るに、ご本人は御咎めもなく、謝罪もせずじ~っと黙り込んだまま。 
そんな行為を追求しようとしない日本国民がいる。

昨今はIT革命によって世の中が全く変わってしまった。 
通信手段が夢の様に発達したお蔭で、
時間的及び物理的制限を飛び越えて、
いつでも誰とでも自由にいくらでも意思疎通が出来る時代。 

家族や友人や知人などの範囲にとどまらず、
世界中の誰とでも、同時的に双方向にやり取りの出来る時代。 

SNSが流行り、自分の意見をほぼ世界中に拡散する事も可能な時代。 

そうした通信手段や拡散手段を利用すれば、
不特定多数の人々にも自分の訴えをアピールできる時代だから、
そうした道具は、有効に使いたいものだと思う。













日本人よ「Proactive」であれ。 [日本人論]

日本人よ「Proactive」であれ。

「Proactive」という言葉はStephen Richard Covey博士の言葉。
彼の著書「The 7 Habits of Highly Effective People」の中の
「The 7 Habits」の一番目に「Be Proactive」と出てくる。
https://en.wikipedia.org/wiki/The_7_Habits_of_Highly_Effective_People

日本語に翻訳すると何が最適なのかちょっと簡単に言いずらい感じがするが、
その反意語としては「Reactive」つまり「受動的」だから、
「率先して何かをやりなさい」というような意味だと思う。

日本人には、その「受動的」人間が多い傾向があると言われる。
何か行動を仕掛けられると、それに反応するタイプの事を言う。
つまり、誰かから仕掛けられない限り、
自分から他の人に対して仕掛けようとはしない。

その反対の「Proactive」な人間は、いても少ない、
「多数派」ではないと言って過言ではないだろう。

特に日本人にはその傾向が強い感じがする。

自分が中心となって、周囲に影響を与える「何かを起こす」。
そういう事を意識して行い、周りによい影響を及ぼしたいものだ。
結局、自分が主になり「make something happen」という事だと思う。














日本人の感覚の特異性は何処からくるのか? [日本人論]

日本人の感覚の特異性はどこから来るのか?

日本人は「安全はタダ」だと誤解している節がある。 
歴史的に、常に身の危険を感じて生きることを
余儀なくされて来たユダヤ人の例とは、対極にある。 

環境は人を作ると言うから、その大きな差異の原因は、
その環境の差異に起因するものであろう。

まず誰もが最初に気付くのは、その地理的環境の差異。 

日本は、周りがすべて海で囲まれている。 
つまり、それは天然の要塞のごときもの。 
陸続きのヨーロッパで見られる
外敵の攻撃からその身を守るための「要塞」のようなものがない。 

例外的にあるのは戦国時代の大名のお城のみで、
その地方に住む人々の街全体を保護するための要塞などは見当たらない。 

日本のお城は、お殿様とその一部の関係者の為のもので、
その地の一般の民衆を守る為のものではない。 
日本国内の内戦に対応するためのものであっても、
いわゆる異民族のごとき外敵から身を守るものではない。 

第一、異民族などは周囲には全然いない。 

他方、ヨーロッパでは、英国を除き、地形的に陸続きで、
異民族との戦いは日常的なものだった(のかどうかは知らないけれど)、
昔の街のその多くは、城壁で守られる形になっていたのだろう。 

つまり、その地域に住む人々全体の安全の確保のために
城壁というコストが掛っている。

「外敵からの攻撃を心配する必要」のあるなしが、明らかに異なる。 

日本人はヨーロッパの例に見るような、
外敵から身を守るという事の必要性を、
ほとんど感じることなく、今日に至るのだろう。 

そういう事情は、国民レベルでも、国家レベルでも、
国や国民を守る主体としての国家意識が結果的に希薄。 

戦前の一時期に見られたであろう国家意識は、
敗戦後失望のあまり、かなり薄いものになったのだろうと思う。 

アメリカ人は国家に忠誠を誓いアメリカ人となると言われる。 
戦前には天皇陛下万歳はあったけれど、
戦後の我々には国家に対する忠誠意識など聞いたこともない。 

それは、日本で暮らす限りでは、
自分が日本人であることの自覚をあえてしなくても、
普通に問題なく生活できるから。 

だから日の丸の国旗が国の祭日に掲揚されている光景も目にすることもない。

二つ目に言えるのは、多少の例外はあるけれど、
アメリカやヨーロッパの例と比較すると
明らかに日本は単一民族で構成され、
単一言語を共通語として使う単一文化国家であろう。 

戦後の経済発展のお蔭で、
人々の生活はそれなりに恵まれていて、
他国と比較すると、極悪犯罪の発生が極端に少ない。 

まさに平和そのもの。 

だから夜間に女性が一人で外出しても
身の危険を感じることは少ない。 

世界の一般的平均からは、かなりかけ離れているみたいだ。 

複数の民族が同国内に同居し、
使用される言語が複数ありそれぞれに違えば、
それだけでもお互いの意思疎通に問題が発生し得る。 

さらに民の間の生活レベルに大きな差があると、
犯罪の発生は当然高くなる。 

日本では、そうした日本特有の社会的条件も
犯罪を少なくすることの為に大いに寄与している。 

日本国内で起きる犯罪の多くは、
その殆どが他のアジア系の非日本人によるものだという話も、
統計上存在すると聞く。

日本は地理的にも人的にも、前記のような特殊事情がある。 

そういう状況で、日本人社会の中では、
子供の時代の受験戦争というものが、
人生のその一時期にはあるというものの、
それ以外では、概して強烈な自己主張を要求される環境ではない。 

むしろ、聖徳太子の時代から
「和をもって尊しとする」精神が自然と身についていて、
自己主張をすること自体がむしろ疎まれる。 

そうした、日本社会での適応条件が常に作用し、
対外的な外交に不慣れな日本人は、
国内では対外的に積極的に自己主張をしようとはしない。 

自己主張に欠ける日本人であり日本国だから、
他国とも宣伝競争には勝てない。 

日本社会の中では英雄の輩出が好まれない社会。 
むしろ、みんなが同質であることが望まれる社会。 

例えば、幼稚園での学芸会などでは、
「出演者のみんなが主役」というような
「とても異様な奇異な事」も平気で行われる。 

我々の子供の頃は、お姫様は一人だったけど、
その頃の社会の方が自然で違和感がなかった事が思い起こされる。

単一民族の金太郎あめのような同質性は、
あまり多くの言葉を駆使しなくても、
お互いに少ない言葉数で理解しあえるといういい所もある。 

しかしそれは、侃侃諤諤と討論するという習慣を生まない。 

お互いに背景が違う者同士ならば、相互理解を図るためには、
言葉を駆使して考えや意見を伝える必要に駆られ、
討論するというのもまれではなくなるが、
日本人同士の間では、そんな習慣もなければ、
そうすることが疎ましく思われる。

そうした特質を身に着け、
日本人固有の感覚や視点で、ものを考えると、
異国の異なる文化の人々とは、上手く付き合いずらいものがある。 

和の魂はいいのだけど、
洋才に不慣れだと、意思疎通も上手くいかない。 

日本国民総体が塊となって、異文化とも馴染み、
複眼をもって多様性に対応できるように、
その順応性に磨きをかけてレベルをかさ上げできれば、
日本人の活躍の舞台は格段に広がる、
と思うのは私だけだろうか? 

日本人はもっと自信を持って、
対外的にも積極的になればいいと思う。 

もはや、意思疎通の分野でも、
地理的移動の分野でも、
障壁となるものは殆どなくなっている。 

日本人の意識上の壁のみがもっと低くなればいいなと思う。













「他人を思いやる心」を持つ日本人には「したたかさ」が足りない。 [日本人論]

日本人には「他人を思いやる心」を持つ人は多い。 
自分の心に余裕があるとそうした気持ちになれるものだ。 

それはそれで日本人の美徳として麗しいことだが、
それなりに広くマナーの流布した世界に住んでいるが故に、
人を疑う事も多くなく、それでも大した問題もなくやれてきているのは、
それは日本人だけの世界で安住しているからに過ぎない。 

我々日本人の間では「人をだます」という前提がない。 
だから、人をうかつにもたやすく信じてしまう。

その点、中国人は「他人を信じることはない」と言われる。 
自分の国も信用できなければ、
自分以外の他人を信じられない世界に住んでいると言われる。

信じられるのは自分のみか自分の家族の範囲まで。 
だからお互いに人を信じる事はない模様。 

人にだまされるのは騙された方が悪いのであって、
だました方が激しく言われることがないのかも。 

そうした騙しが常に存在する世界に無関係な日本人は、
物事の判断をするときに、人は騙さないものという前提でものを考える。 
俗に言われる性善説がその根底にある。 
発想の前提が性悪説を基本とする世界の人々とは全く異なる。 
それを、「お人よし」と呼び、日本人の多くはお人よしなのだろう。

だから、日本の普通の発想で物事を考え判断するから、
日本人はその外交の分野で他国に騙される。 

よせばいいのに、約束の履行を待たずに、
約束と同時に、お金を出すなどというのはその悪い例だ。 













驚愕の日本人の秩序正しさ [日本人論]

http://www.msn.com/ja-jp/news/world/%e3%82%8f%e3%82%81%e3%81%8b%e3%81%9a%e8%a8%80%e3%81%84%e4%ba%89%e3%81%84%e3%82%82%e3%81%97%e3%81%aa%e3%81%84%e6%97%a5%e6%9c%ac%e4%ba%ba%e3%80%81%e7%81%bd%e5%ae%b3%e4%b8%8b%e3%81%a7%e3%82%82%e7%a7%a9%e5%ba%8f%e3%81%a8%e7%b5%b6%e8%b3%9b%ef%bc%9d%e4%b8%ad%e5%9b%bd/ar-BBs37XD?ocid=oa-cinqueter014#page=2

「わめかず、言い争いもしない」
困難な状況下でも、日本人は秩序を保ち続ける。。。

そんな日本人のいい所が
中国人記者の目に留まったのは歓迎できる。

シナ大陸に住む一般の中国人を見て、
彼らの事を多少でも知る人々には、
彼らの目にはそれが「驚愕」であったであろうことは容易に推測できる。

漫画で表現すれば、二つの目の玉が顔から飛び出した状況であろう。

記者が何を伝えたいか、この記事の内容そのものを読んで頂きたいと思う。

ところで、
「ウリとナム」の国の人だったら、彼らの目にはどう映るのだろうか? 

やはり「反」しかないのだろうか?












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