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温かいカンボジア式歓迎に熱く [異文化交流]

https://www.youtube.com/watch?v=9oFlcVyv2YM

カンボジアを初めて訪れた。
到着したのはアンコールワットの遺跡のあるSiem Reup。
その空港に2017/2/10(金)に到着した。
通関を済ませて、現地のガイドさんに会うために
空港の外に出た。

その待ち合わせ場所で、
なんとこんな「歓迎の踊り」に遭遇!

踊りを披露する若い女性を真ん中に、
その周りには、はやしを担当する若者達。
よく見るとお面をかぶっている人もいた。

訪問者を歓迎しようとする、温かい心を肌に感じる!
幸先の良い、うれしい歓迎ぶりに感謝します。

短いカンボジアでの滞在中、
現地の人々の素朴で優しい気持ちに触れることができて
とてもうれしい気持ちにさせられたのは私だけではなかった。

同行した総勢16人の多くから、同じ思いの感想が聞くことができた。















ご飯の炊き方 [異文化交流]

ご飯の炊き方

独身で自炊するのが当たり前な生活をしている方を除き、
日本の男性の場合は、普通ご自分でご飯を炊く事はあまりないのでしょう。
私もその一人です。 時々は例外的に自分でも炊く事はありますが、
やっていることは適当ですから、ご飯の炊き方を説明せよと言われると、
なかなか上手くできません。
 
そこでインターネットで検索してみました。

ご飯を炊くという行為は、日本では当たり前の行為で、
日本の食文化の根幹を成すものだと思いますが、
パンを主食とする文化圏では、日常的なものではないですよね。

イタリアのリゾットもスペインのパエリアも共にお米を使う料理ですが、
日本の「ご飯」とは全く似て非なる「別物」ですね。
当然、料理の仕方も異質のもの。

コメの種類も、日本のジャポニカ米はインディカ米とは全く違うもの。
日本のコメは形が丸くて短く、炊くと粘り気がある。 
外米と呼ばれるインディカ米は、細長く、炊いてもさらさらしていて、
これが同じコメかと思う程違う。

それと、料理の仕方が違うのか、とても強い匂いがする場合がある。

一時期話題になったカリフォルニア米とか豪州米は日本のお米に近いようで
私の口にも合うけれど、やはりお米は日本米がいい。

海外のメル友と「お米の炊き方」がその日のテーマになった時、
上手く説明できない私がいた。 

つまり、お米自体は意識せずに生活の中に入り込んでいるので、
あえて比喩すると、車の運転みたいなもの。 
普通、車の運転は体が自動的に反応して操作しているので、
いちいち言葉でその操作の要領を述べる事はない。

でも、ネットで調べていると、自分では意識していない知らない事実も発見。
焦点を当て関心を示すとそれまではスルーしていたことが見えてきた。

ちなみに海外の米炊きのビデオをみると、日本の炊き方の繊細さが目に付いた。














タグ:コメを炊く

京都訪問の二日目。。。。 [異文化交流]

京都訪問の二日目。。。。

朝の9:30に昨日と同じ場所(京都タワー下のスターバックス前)で待ち合わせ。 
この日は京都では朝から雨だった。 タワービル一階でビニール傘を購入。 
京都駅前のバス亭からバスに乗り、その近くの「三十三間堂」に向かった。 
https://www.youtube.com/watch?v=TWGVk6ubhf0

入り口で切符を買い、靴を脱いでそのお堂の中を拝観。 
中は撮影禁止なので見るだけだったが、
ここの千体の観音像はとても見事に整然と並べられている。 
その金色に輝く姿がまぶしい位だ。 

それと「風神」と「雷神」の像も前列に配置されている。 
こんな所は日本にはここだけなので、
京都観光に来られたら是非訪問されることをお勧めする。

屋外の裏手には、弓矢の競技をする広い場所もある。

三十三間堂を出て、次に目指すは、清水寺への参道の「清水坂」。 
京菓子や京の漬物屋のお店等々、
お土産物を売る店がその坂道の両側に連なっている。 
https://www.youtube.com/watch?v=_m3F5nrUtSI

その日は日曜日だったから、
人ごみで混んでいても何の不思議もないとは言え、
その通りには行きかう人々で溢れかえっていた。 
清水寺にはすでに行ったとの事だったので、
坂の突き当りの朱色の門で折り返した。 

その次は未体験の「三年坂」と「二年坂」。 
https://www.youtube.com/watch?v=2qXiclW0-R0
自分ではそれらの場所がよく分からないので、
その角に立っていたお店の方に、地図を見せながら質問した。 

観光地では地元の人でない人が大勢来るので、
現地の方々は皆さん親切に教えて下さる。 

一説にはよそ者を仲間に入れない
排他的な気質の人が多いというイメージを持っていたので、
行く先々で親切に対応頂くとその従来のイメージが瓦解してしまう。 
でも、相手から見ると西洋人の女性と一緒だったから、
親切にして貰えたのかも知れない。 

再度その「三年坂」の直前辺りでもう一度、道を尋ねた。 
そこを探すぞという気がなければ、
やはり知らずに通り過ぎていたかも知れない「三年坂」の
階段の始まりがそこにあった。

清水坂から進むと、三年坂も二年坂もどちらも「下り坂」の階段。 
それは「好み」の問題だけど、私も好きだったが、
お連れの女性にもとても「お気に入り」の様子だった。 

興味のあるものには「ある」、
ないものには「ない」と意思表示をはっきりしてくれる方だったので、
また、帰国後も「良かった」とコメントしていたので、
それは間違いないだろう。

私は個人的にもこれらの「二年坂や三年坂」をお勧めする。 
そのあたりを和服姿で、
そぞろ歩きする若い女性達や若いカップル達とすれ違ったが、
なかなかいいもんだろうと思う。

それらの小路を通り過ぎた後、
丸山公園と八坂神社を通り抜け、祇園の交差点に。 
これだけ歩くと、普段歩きなれていない人ならば、
足に少し異変が来る。 私も足が痛くなって来た。 

お昼の食事の時間もとっくに過ぎていたと思う。 
その祇園辺りで、どの店で食べようかと相談。 

客引きをしていた店の店員の中に
英語の上手い若い女性の店に行くことにした。 
彼女は立命館の学生さん。 
専攻は確か世界平和に関する分野だとか。 
割と最近できた分野だとの説明だった。 

その店はビルの上の屋上にあるビヤホールのような店。
食事をしながら、京都タワーも東方面の山の景色も一望出来た。 
腹ごしらえが終わると、次は先斗町方面へ。 
そこにも道幅の狭い道の両側に食べ物やの店が並んでいた。

予定通り順番に目的地を消化してはいたが、
時間が少なくなってきたので、タクシーを止め一路二条城へ。 
十分位で到着したが、もう四時前で、二の丸御殿が閉館される直前。
慌ててその二の丸御殿に向かった。 
その後は外に出てお城の庭を歩いた。

その次は、「哲学の道」へ。 
インターネットで何でもよく調べている。 
私はそこへは一度だけ若い頃に訪れた記憶があるだけ。 
時間も遅いので二条城からタクシーを飛ばした。
タクシーは、銀閣寺の手前で下してくれた。 

銀閣寺の傍から始まるその「哲学の道」は
自分の記憶の中にあったイメージよりも、かなり長かった。 
その静かな水路沿いの小路にもその遅い時間にも関わらず人出はあった。 

その終点に到達した時には、外国人男性3人のグループに、
哲学の道への道順を尋ねられた。 
「あなた方はそのスタート時点にいますよ」と説明した。

その頃には、ほぼ日は暮れていた。 
今いる場所を確認し平安神宮の方へ歩いて行った。
当然ながら平安神宮は閉館していた。 
その傍からバス停を探し、バスを待って京都駅前まで戻った。 

彼女の提案で、昨夜行った同じ店に行き、
昨夜食べようと言って食べなかった「焼き鳥」を注文。 
彼女は「水」を注文し、私は「生ビール」。 
店員は良く覚えていて昨夜と同じ席に案内された。

まあ丸二日間ご一緒して、
ビデオでの取材にも忙しかったけれど、
お互いに外国語である言語で、話も途切れることもなく、
楽しい時間と空間を共有できた。 

体力的にはかなり疲れていた筈だけど、
気持ちの上では全然疲れを知らなかった。 

その二日目は、彼女が私を京都駅の改札まで見送ってくれた。 
なぜか、あたかも恋人同士のように、名残惜しくて、
しまいには彼女は泣き出した。 

後でメールで言われたけれど、
そうした”touching” pointでは、
抑えていた感情が込み上げてくるとのこと。 

その後もう1年以上も経過しているけれど、
彼女からメールを毎日のように頂く。
有難い事で得難いメル友だ。














海外にメル友を持つ理由 [異文化交流]

海外にメル友を持つ理由

ITの発達した今日なら、
Internetを利用すれば、知りたいことは大抵瞬時に分かる。
それはそれで結構なこと。 とても有難いことだ。

でも、それ以外に、個人的に直接つながるメル友を海外に持てば、
情報源は更に広がる。 そして、オーダーメイドの情報の入手も可能になる。

新聞等のmediaやinternet上での情報源は、どちらかと言うと一方的。
つまり、情報元と、満足の行く相互的もしくは互恵的な関係は期待できない。

所が、情報元が自分の個人的な友人だった場合は、
お互いに相互的に自由自在に互恵関係を築くことができる。

そういう相手とだと、相手の顔も見えるので、
血の通った人間的なやり取りが出来る。

更に、必要とあれば、いくらでもそのテーマを掘り下げることも
そこから派生する方向にも広げることも出来る。

異国の良き友達は、未知の分野への案内人にもなってくれる。
自分が体験したことのない異文化の中には、知らないことだらけ。
友達ならば痒いところにも手を伸ばしてくれるだろう。

そうしたお付き合いをすることによって、
お互いにご利益にありつける関係を構築することが理想的。
きっといい財産になりますよ。













いいね~、このお話 !!! [異文化交流]

http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e3%82%a2%e3%83%a9%e3%83%96%e3%81%a7%e8%a9%b1%e9%a1%8c%e3%81%ae%e6%97%a5%e6%9c%ac%e4%ba%ba%e3%83%93%e3%82%b8%e3%83%8d%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%b3%e3%81%8c%e6%95%99%e3%81%88%e3%82%8b%e3%80%8c%e4%b8%ad%e6%9d%b1%e3%81%a7%e5%8f%97%e3%81%91%e5%85%a5%e3%82%8c%e3%82%89%e3%82%8c%e3%82%8b%e4%bb%95%e4%ba%8b%e8%a1%93%e3%80%8d/ar-BBnwYWh?ocid=oa-cinqueter014#page=1

このお話は、示唆に富みますね~!!

一般には殆どご縁のない中東の国々。
直接の体験をされた筆者のご経験は
読む人にとって、とても参考になります。

歴史的にも一般の人々には疎遠な国々でしかない
地理的にも心情的にも遠い国々。

友好国とされるトルコにしても、
旅行で現地を訪れない限りは殆どご縁がない。

また、一般的には、アラブ諸国のイスラム教そのもの及び
彼らイスラム教徒の文化や習慣に馴染みが殆どないのが現実。
だから、この記事の筆者のような例はごくまれなのでしょう。

そういう意味では、彼のような人が持てはやされても
不思議はありません。
中東に関心があれば、彼のような人には関心が向きますね。

私の少ない経験では、トルコよりもエジプト人の方が
私個人に対しては、とても友好的だった印象が残っています。
道行く多くの、利害関係のない一般の人々が(特に子供達が)
これでもかと私に声をかけてくれましたし、
回教寺院の中でも、多くの子供たちに取り囲まれました。

My YouTube:
https://www.youtube.com/channel/UCqq8Yxj5q2Z6Otq0qz7wIMg/feed?view_as=public














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共通テーマ:旅行

paternity leave [異文化交流]

「マターニティ」という言葉は知っているけれど、
その対局にあるのが「パター二ティ」。

そんな言葉があるのを知らなかった。

それは、日本文化の中に、
その言葉の存在する空間が殆どないからだろう。

なぜそんなことを知るようになったかと言うと、
二日前に、「paternity leave」で会社に出勤していない、
というメールをNew Zealandの取引先の担当者からもらった。

彼の奥さんが二人目の出産で会社を休むとのこと。
その後連絡がないので、今日その結果を尋ねるメールを打った。
良かった! 第二子は男の子で名前を伝えて来た。

すかざず「おめでとう!!!」とは連絡したけれども、
どうも様子がいつもとは違う。

それで、いつ事務所に出てくるのか質問すると、
なんと、そのPaternity Leave (夫の出産休暇)で2~3週間は休むとのこと。

私の回り、私の住む世界では、そんな話を聞いたことない。
なんと、実に羨ましい限りだ!

そんなに長く堂々と休める社会ならば、
奥さんも安心だろうな。
いい習慣だなと、感心しながらも、
異文化のその異質性を少し見たような気がした。







My Slide Show is here:
https://www.youtube.com/channel/UCqq8Yxj5q2Z6Otq0qz7wIMg/feed?view_as=public

FTの記事には違和感がある [異文化交流]

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM23013_T20C14A6000000/

話によれば、
英語で押し通そうとするイギリス人は、
フランスでは評判がよくないと前から聞く。
このFTの記事はそれを裏付ける話だなと思う。

確かにフランスでは、
英語を流暢に操るフランス人は多数派ではないのだろう。
でも、フランス人が「無愛想」かどうか、
それは接したフランス人にもよると思うし、
接するこちらの素質にもよると思う。
相手の事を一方的に言うのはどうかと思う。

イギリス人がフランス語でやれば、
きっと彼らの態度も違うと思う。
昔から「郷に入れば郷に従え」と言うではないか。
When in Rome, do as the Romans do.

フランス人は、
外国人が完璧なフランス語を話せるとは思っていないらしい。
いやいや、外国人にはフランス語に完璧を求めていない。
つまり、下手でも拙劣でもいいから、
多少は愛嬌をふりまく精神で、
片言でも、ゆっくりでも、
フランス語で話そうという姿勢を見せればいい。
すると、彼らも心のある人の子、
好意は好意として通じるもの。

私はとても下手だが、個人旅行をして、
空港でもホテルでも駅でもタクシーに乗っても
cafeでも道端でも、
何人もの方々と必然的に話をしたが、
皆さんとても親切な人ばかりだった。
むしろ、「積極的」に、愛想よくされたことが多かった。
だから、FTの記事の内容「無愛想」には同意できない。

東アジアの隣国3国は超特殊な例外かも知れないが、
その他のいろんな国々で嫌な経験はしたことない。
皆人間だから、好意は伝わるもので、
伝わらないのなら、それにはそれなりの理由がある筈。

Romaでは、当たり前のように相手に押し付けるように
英語で話そうとしないこと。
Romaでは、ローマ人の話す言語で話すこと。
それが基本的なconceptで心構え。
でも、Romaでは大抵英語でOKと言うのが印象的。

余談だけど、
あのAudrey Hepburnがイタリア語で流暢に
interviewに答えていたfilmを見たことがある。
彼女やはり才女だったのですね。







海外に友達を持とう [異文化交流]

自分に海外の友達ができれば、
可能であれば、
口頭練習の為にスカイプを使ってみよう。 
慣れない内は、
ちょっとお互いに戸惑うこともあるかも知れない。 
でも、失敗は何度でも繰り返そう。 
失敗を決して恐れてはならない。 
失敗は必要なことと考える必要がある。

そうして、失敗を繰り返して、
少しずつ慣れることによって、
徐々に要領が呑み込めてくる。 
何も最初から上手い英語やフランス語でなくても問題ない。 
とにかく練習だと思えばいい。 
だから、自分に自信がなければ、
話す相手に、その旨を前もって伝えておけばいい。 
私は重要な内容のビジネスのことなどは、
自分に自信がないものだから、
記録の残るemailでやるが、
間違っても問題のない内容のことであれば、
たまに相手とお喋りをするという感覚で、
気軽にスカイプを使う。 
音声で通信することによって、
文字だけよりは、親しみが増す効果があるので。

「SNSなどに参加しよう」
ところで、理屈はわかるけれど、
実際にどうすれば、
海外に友達を見つけることができるのか、
という疑問をお持ちの方もいるかもしれない。 
話は簡単。 
その種の有料の斡旋組織もいろいろあるようだけれど、
例えばFace Bookなどのような無料のSNSに加入すれば、
簡単に見つけることが可能。 
まずは、自分と話の合う、未知の友達を探そう。 
やってみればとても簡単。 
ぴったりの理想の友達に、すぐに出くわすかどうかは疑問だけど。 
一人の友達ができれば、その人の向こうには、例えば十人くらいの、
別の友達予備軍がいるようなもの。 
友達の友達は皆友達だという精神でやれば、
知人の数は、その内収拾のつかない位の数になるのも時間の問題。 
その中から、自分によりぴったりの友達を二三人つかめばいい。 
あくまでも参考の域を出ないけど、
Hi5やMyHappyPlanetは、
当初私が活用していたSNS. 
無料というのがいい。 
Hi5は今でも常時使っている。 

私のURLは:http://www.hi5.com/NickEcrivain
You can find me there who I am.

多様性との遭遇 [異文化交流]

最近のIT技術の急速な進化の下で、
今後ますます、
未知の世界との接触は増すことはあっても、
減るということは考えられない。
自分の強い意志で、
自己の世界を、
あえて外界から締め出すという事を実行しない限り、
ますます地球規模で、
未知との遭遇は、加速度的に増える事が考えられる。

それこそ、「パンドラ」の箱を開けたかのように、
中から何が飛び出してくるかも分からない。
それまでは知ることも知るすべもなかった不思議に、
偶然出くわすことも想定できる。
そう思えば、ワクワクしてこないだろうか?

人ひとりの一生の間にできる経験や実体験の量は、
たかが知れている。
ところが、情報という形では、
その量に際限がない。

IT技術は、その活用の仕方によっては、
我々を斬新な不思議の世界へ導いてくれるかも知れないのだ。
可能性をふんだんに秘めた、
打ち出の小つ”ちになるやも知れない。

そこで出くわすのは、
いろんな多様性の現実であろう。
大いに惹きつけられる魅力があれば、
その実体験を求めてコマを進める事も出来よう。
今や、海外へ足を伸ばすのは特別なことではない。
体験は人の成長の為の肥やしになる。
経験こそ最良の師なのだろう。
積極的に経験したいものだ。

そこで、
未知の世界で体験を実りあるものにしてくれるのが、
海外での意思疎通能力だ。
まさか、通訳を使って、
意思疎通の為の問題解決を図ろうとは考えていないだろう。
それでは、伝わるものもよく伝わってこないし、
楽しみが半減する。

出来れば、現地語なり、世界共通語なりでやりたいものだ。
それが無理なく出来れば、それはとても楽しいものになる。
語学の上達には、
誰しもそれなりの苦労は避けられないが、
出来れば、英語以外にもう一つ外国語をやりたいものだ。
きっとやってよかったと思う時が来ると思う。
物事には、また、弾みがつくという事もある。
やることによって、決して後悔しない筈だ。
感動や楽しみを求めるならば、
まずは意思疎通能力を、
より進化させるべきであろう。

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